2012年5月22日 (火)

科研遂行開始準備

12日に東京オフィスで研究会を開催するため出張。
個人研究費から学会・研究会の出張費を出す場合は回数制限があるんですが、発表する場合や委員会に出る場合は別枠となります。今回はどちらにも該当しませんが、開催のための出張も別枠扱いになってもいいんじゃないかなどとも思いつつ、まだ回数に余裕がありますし、今年は科研も使えるということで、一般参会扱いで。

19日に某寺調査。
それに先立ち、研究協力者への謝金の支払いについて、学術研究支援部に確認していたんですが、所属も身分も多様な研究協力者が何十人もいて、それぞれ年に数回ずつ謝金を支払うということが、うちの大学の規定に当てはめると非常に難しくなってしまいます。先例のないパターンだったので、現状を説明し、参考として前任校ではこのようにしていたとか、他大学の教員の科研の研究協力者になった場合はどうだったとかを話し、なんとか調整しています。
うちの大学は、巨大科研も遂行していますし、科研の処理についてはお手の物だと思っていましたが、やはり理系の発想が強いのか、こういう種類の調査に関わるメソッドは整っていなかったものと思われますね。
しかし、さすがに捌き方はたいしたもので、臨機応変に対応してくれて、例外的な事例でもどんどん進めていってくれています。
とはいえ、私自身がアクションを起こすのが遅かったこともあり、今回の調査には間に合いませんでした。次回からは、ちゃんと支払えるようにします。

さて、今度の土日は東京で某学会。
当初は行くつもりで、ホテルも予約していたんですが、日曜に○○大学フェアなるイベントがあり、その中の父母懇談会でゼミ生の保護者から申し込みがあれば対応しなければなりませんので、学会はキャンセル。
去年の前期は別の学会と重なり、そこではコメンテーターをすることになっていたため学会を優先せざるを得ませんでしたし、そもそもゼミ生の親から申し込みもありませんでした。後期も申し込みがなかったので、その日に某寺調査を入れていたのですが、追加で直前に申し込みが。しかし調査日程を動かすことができなかったため、他の教員に代理をお願いしました。
そういう次第で、やはり今回は空けておかなければならないでしょう。今年はゼミ生も多い上に、懇談対象学年が全学年に拡大されたため、申し込みのある可能性は非常に高いので。
もっとも、「その日は学会なので」と言えば許される雰囲気ではありますが、今回の学会は、そこまで心惹かれるものでもないので、まあいいかと。何より、月に2回も東京出張するのは体力的に厳しいものがあります。
結局、申し込みはなかったのですが、昨秋のように追加がある可能性もありますので、まだ油断はできません。

明日は某山頂の研究所に行くので、明後日の授業準備を今日中に終わらせてしまいたかったのですが、予想以上に会議に時間を取られ、あまり進みませんでした。下山してから大学に行くことになりそうです。

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2012年5月11日 (金)

いじられてきました

はい、こんな感じで。

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4人の学生が、それぞれ20秒で描きました。

なお、Cは、某先生が後から勝手に首を加筆したものです。「首が伸びそうな雰囲気だから」って、どんなキャラなんだよ・・・

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2012年5月10日 (木)

連休が終わると

連休最終日の6日、学生を奈良に引率。
参加者は2年生を中心に30数人。その中から実行委員を募り、また、3年のゼミ生にもゲスト参加してもらって取りまとめをお願いしていたこともあり、この人数でも、それほど大変ではありませんでしたね。初めての引率にしては、首尾は上々です。
昼頃に雨に降られ、奈良県庁の屋上で弁当を食べるということができなかったことだけは心残りでしたが。
これまで、拝観料等は、学生から参加費を集め、その中から出していたそうですが、予算委員として専攻の予算に余裕があることがわかっていたので、こちらから出せるようにしました。

4回のリレー講義、およびそれに関わるフィールドワークが終わったので、今週から火曜は午後の会議だけとなり、朝から出勤しなくてもよくなりました。
とはいえ、私が講義していた時間帯には、他大学から来ていただいている某先生の授業に大学院のゼミ生が出ているので、今週は午前中に出勤し、遅ればせながらご挨拶を。

水曜は授業はありませんが、だいたい何かしら用事が入るので、1週目を除き、結局は毎週出勤しています。

今日は2・3限に講義、5限に基礎ゼミ。
4限の時間帯に次の準備をしていると、教職教育部の某先生から電話。私の4年のゼミ生が、今年、中国地方の某付属校に教育実習に行くことになっているんですが、彼の授業見学に私が行く際の打ち合わせなどを。なお、中国地方への出張は、1日限りの用件ならば、有無を言わせずに日帰りということになりますが、どうせ水曜しか行けませんので、いずれにせよ、日帰りするしかありませんけどね。
さて、その彼以外にもう1人、実習に行く予定の学生がいるんですが、なぜかそちらについての話は出てきません。こちらから聞いてみると、なんと、そちらはまだ実習に行く前に履修しておくべき科目が取れていないとのことで、今年は実習には行けませんよ、と。驚いてすぐにメールすると、本人はもちろん私以上に驚いていました。とりあえず、すぐに教職担当の先生に連絡を取れと言っておきましたが・・・。やれやれ・・・。

それにしても、今年はこういうわけで、教育実習見学は1回だけですが、来年度はゼミ生も多くなるし、何度か行くことになりそうですね。すぐ隣にある付属校ならいいけど、遠方となると、水曜にしか行けませんから、日程の調整も大変そうです。

そういうこともありますから、授業がないといっても拘束されることが多く、例えば他大学から非常勤のお話があったとしても、なかなかお受けするのは難しいでしょうね。
そのうえ、実は今年から、某大学の密教系研究所の研究員をやることにもなりました。これは、毎週決まった日に出勤する必要はありませんが、提出した研究計画を遂行するためには、その大学図書館や研究所での資料調査は必須です。なので、本務校の仕事が入らなければ、水曜はこちらに行くことが多くなるでしょう。

そんな感じで、連休が終わると7月末まで・・・いや、今年は8月初めまで食い込みそうですが、のんびりできる日はなさそうです。

あ、そうそう。
明日は専攻の新入生歓迎会があります。
新入生が主役の会ですが、新任教員もある意味で主役で、ここで学生にいじられて、うちの大学の“洗礼”を受けることになります。
今年は新任某氏がその役回りだなと思い、私は安心して出席すると言っておいたんですが、聞くと、彼は明日は出張のため、歓迎会には出られないという。
えー、じゃあ、今年もまた、私がいじられ役っすか!?

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2012年5月 4日 (金)

連休なのに

28日に某学会に参加すべく東京へ。
先月の委員会で、新たに例会委員を設けることが決まり、そのコアメンバーの1人に指名されていました。これにあと何人か加えて、例会委員を組織せよとのお達しだったのですが、しかし、委員会から指名されたのはだいたい専門の近い人たちばかり。なので、それ以外はなるべく専門が多岐にわたるよう考慮して、10人ほどのメンバーを決めました。
そして、この日の学会前の委員会で正式に承認。
それとは別に、12月の例会を企画せよと言われていたんですが、このタイミングで例会委員が発足することになったので、12月の企画から例会委員で検討することにしましょう。

ちなみに、この日の例会は、某絵画系ネタのシンポでしたが、個別の報告題目が示されていなかったので、その中にヨーロッパ系の報告があるということを予想できた人は少なかったんじゃないかと思います。
しかし、たとえ例会案内の段階で明示されていたとしても、討議の場では日本系の報告への質疑が主となるので、ヨーロッパ系が浮いてしまうことは避けられません。それを回避し、なんとか大きな問題へと開くべく質問をしたのですが、少しタイミングが早かったのと、若干の遠慮もあったのとで、やや不発気味でした。

ところで、学会出張前夜、家のPC(メイン機)が作業中に突然ブラックアウト。再起動してことなきを得ましたが、やや気にかかっていました。
帰宅後、再び似たような症状が続いたので、セーフモードでデータのバックアップ。しかし、ただでさえ画面の見にくいセーフモードで、しかも火曜の授業資料を作りつつ、そして時間がかかるので仮眠を取りつつという状態で作業していたので、バックアップは完全ではありませんでした。

水曜は授業がないので、実質、この日から連休だったわけですが、PCはもうほとんど立ち上がらない状態。
研究会の案内メールを送信しなければならなかったのですが、ノートPCにはメーラーを入れておらず、ウェブメール上のアドレス帳は最新のものではないため、送信するには研究室のPCから送るしかありません。ということで、出勤して送信。
研究室のノートPC(デスクトップをメイン機にしているので、ほとんど使っていない)を持ち帰り、しばらくはこれを代替機として使うことにしました(自宅のノートはB5サイズなので、長時間使用には不向き)。データの移行や環境設定に時間を取られ、連休はこればっかりになりそうです。

なお、自宅メイン機はサポートセンターの指示に従い、リカバリもして、本体を開けて内部を少しいじったりもしましたが、それでも直らず、修理に出すことに。
リカバリ後に、バックアップを取り忘れたデータがいくつかあることに気付きましたが、後の祭り。例えば、旧サイトのデータとか。旧記抄出分以外は、もう二度と見ることができません・・・。

そうこうしているうちに、連休はもう残り少なくなってきました。最終日は学生をフィールドワークに引率するので、ゆっくりできるのは明日しかありません。なんと不毛な連休でしょう。

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2012年4月14日 (土)

授業一巡

先週の金曜から授業が始まりました。

金曜は、2限に3年ゼミ。
去年は1年目ということもあり、また、そもそもこの学年は古典を選ぶ学生が少なかったため、3人(うち1人は聴講だったので、登録は2人)だけでした。
ところが、今年は初回に15~6人くらい来ました。まあ、1週目は様子見ということで、色々なゼミを見学して回るわけですから、実際に登録するのは半分くらいじゃないでしょうかね?

月曜は、3限に院ゼミと、5限に卒論ゼミ。
院ゼミは、M1が2人と、M2が1人(こちらは聴講)。実は、うちの院生で古典を専攻しているのは、この3人だけです。大学の規模は大きいのに、うちの研究科は修士までしかなく、院生も少ないので、まあ、こんなもんです。
近代や国語学、あるいは他学科の院生が来るようなら、授業内容も少し再考する必要があるかな、などとも考えていましたが、古典専攻の院生だけだったので、当初案どおりに進めていきます。
M1の2人は、1人は私の卒論ゼミ出身、1人は他大学から来ました。ともに、私が指導教員ということになるのですが、今年から大学院を担当することになった私は、まだマル合になっていないため、書類上は他の古典教員が指導教員ということになります。この先生が、今年度いっぱいで退任ということもあり、私が今年度中にマル合資格を得て、来年度の修論執筆に間に合わせようという段取りです。
卒論ゼミは4人。うち2人は、去年の3年ゼミ履修者。あとの2人は、昨年度で退任した古典の先生のところのゼミ生。
そして、この日は来ていなかったけど、ほかに2人が出る予定です。1人は、何年か前に3年ゼミの履修は済んでいるけど、まだ4年に進級できていなかった学生。もう1人は、去年聴講で出ていた学生で、本ゼミは近代ですが、今年も私のところにサブゼミとして出るようです。
なお、全員が古典をやると思ったら大間違い。サブカル系もいます。

火曜は会議日ですが、会議は午後なので、午前中には授業が入ることもあります。
2限に、コース2年生の必修科目。3人の教員が、関西の3つの地域についてそれぞれ4回講義をし、5週目にフィールドワークに引率するというもの。もちろんフィールドワークは火曜にはできませんので、当該週前後の土日祝日等に振り替え。私は初回担当なので、5月1日まで講義。そして、ゴールデンウィーク中に引率。

この日は、私が紹介した非常勤の方の初回授業もあったんですが、バタバタしていて挨拶できず。

水曜は休み。
月火出勤、水休み、木金出勤、土日休みという勤務形態だけ見れば、ものすごく楽な仕事のように思えてきました。
実際には、水曜に仕事が入ることもありますし、そうでなくてもやり残した仕事をしたり、授業準備や研究をしたり、時には学外の仕事もしたりして、それなりに大変なわけですが、まあ、うちの大学は比較的恵まれた環境にあるんだと思います。

この日、新任某氏の3年ゼミがあったので、あとで聞いてみると10人超え。古典で初年度からその人数はたいしたもんですね。やはり、彼は守備範囲が広く、授業も面白そうだからなぁ。
私のゼミと迷っている学生が多かったようで、まだ、誰がどちらにいくことになるかはわかりませんが、どちらかをサブゼミにして、両方に出ようという学生も多そうです。
今年度で退任のもう1人の古典教員は、3年ゼミの募集はしますが、卒論のことを考え、なるべく他ゼミへ行くようにと言っています。とはいえ、ファンは多いので、こちらに行く学生もそれなりにいるでしょう。
いずれにせよ、この学年はけっこう古典好きが多いようですね。もちろん、私の1年間の布教活動の成果であることは言うまでもありません。

木曜は3コマ。
2限は専攻2年生の必修講義。
受講者が多いため、教室の確保が大変なんですが、今年はうちの学部の建物で空き教室がなく、他学部へ。しかも、キャンパス内でもかなり遠くにある学部で、歩くと5分くらいかかります。必修の授業なので何とかなりませんかと言ったんですけどね・・・。
3限は選択必修の講読科目。
これは、去年はけっこう受講者が多かったため、今年もその基準で教室を決めたようで、うちの学部でいちばん大きい教室が割り当てられました。しかし、去年は新任教員の物珍しさで受講した学生が多かったかもしれませんが、今年はそうではありません。それに何より、去年はレポートでしたが、講読科目はやはり読解力を問いたいと思い、今年は試験にしました。なので、受講者は減るだろうなと思っていたら、案の定でした。登録期間が終わり、人数が確定したら小さい教室に変更してもらいましょう。
2限にこちらが空いていればよかったのに、なかなか思うようにはいきません。
5限に1年生の基礎ゼミ。
新入生を学籍番号順に教員に均等配分し、それぞれが好きな題材を使って学問のイロハを教えるという感じの授業ですね。
留学生が1人いました。どこかで見たことあるなと思ったら、私が面接した学生でした。

さて、そして金曜。3年ゼミの2週目。
登録期間は16日までなので、まだ確定ではありませんが、14人です。これは、かなり多い人数ですよ。
この日に、自分が発表で採り上げる箇所を選ばせて調整し、来週は私が発表の見本を見せ、再来週から発表という予定ですが、この人数では毎週1人ずつ発表していたら、前期中に全員に回りません。1回に2人というのは、議論の時間が取れなくて気が進みませんが、何度かそういうこともしなければ回らないので、しょうがないですね。
しかし、この人数がそのまま卒論ゼミに来たら大変なことになります。
しかも、今年度で退任する先生のゼミ生のうち何人かと、すでに3年ゼミ履修済みで留年している学生のうち古典をやりたいという学生も来る可能性がありますから、増えることはあっても、減ることはないでしょう。
2年生がたくさん履修する講義では、もっと難解な話をして、来年は古典を敬遠させたろか、などという思いも・・・。

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2012年4月 8日 (日)

抄出完了

このブログを始める前にやっていた旧サイトの記事の一部を、去年の7月からカテゴリー旧記抄出に移行し始めたんですが、なにしろ作業が面倒臭いので一度にはできず、気が向いたときに少しずつやっていました。
ずいぶん時間がかかってしまいましたが、今日、ようやく、このブログの最初の記事と繋がりました。

なお、お読みになる場合は、旧記抄出で読むよりも、バックナンバーから月単位で読んだほうが読みやすいかと思います。

それにしても、この11年、全然成長してませんよね・・・。

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2012年4月 7日 (土)

科研費

科研費「挑戦的萌芽研究」、無事に採択されました。
が、採択額はかなり低めでした。

去年から始めた某寺の調査に特化したテーマで萌芽に出し、総合的なテーマで基盤Bに出すつもりで準備していたけれど、間に合いそうもなく、萌芽だけしか申請しなかったんですが、これはかなり危ない賭けでした。
萌芽は、若手Bや基盤Cと同じ上限500万の小型科研(※)ですが、その割りには採択率が低く、単純に額と採択率とのバランスだけで見ると割りに合いません(平成22年度の採択率は、萌芽:11.3%、若手B:24.4%、基盤C:23.8%)。
それには理由があって、萌芽は、若手A(上限3000万)や基盤B(上限2000万)以上の中大型科研(※)と併願できるので、そっちに申請する人の多くが萌芽にも出し、必然的に競争が激しくなるわけですね(ちなみに、若手A:17.7%、基盤B:25.6%)。
だからこそ、私も基盤Bと併願するつもりで萌芽に出していたわけですよ。同じ上限500万でも、こちらより採択率の高い基盤Cは、基盤Bとも萌芽とも併願できませんからね。
そして、萌芽はこれまでの成果が問われない新規の研究テーマに対する助成なので、某寺調査のテーマでこちらに出し、そして基盤Bには、これまでの成果を統合し、さらに展開させるようなテーマで出したろか、という目論見でした(なお、私はもう40歳を超えているので若手には出せません)。
しかし、結果として基盤Bの書類作成が(というか準備状況が)間に合わず、萌芽だけの申請になってしまったわけです。
併願のことを考慮せず、単純に額だけを考えたら、基盤Cに出したほうが確率は上がりますので普通はそうするんですが、今回出せなくても、来年度以降、研究期間の途中から同時遂行することを考え、基盤Bを断念した時点でも、萌芽を基盤Cに変更しようとは思いませんでした。
変更するなら、むしろ基盤Bに、というのも一手だったかもしれません。実際、500万を超えないよう、かなり無理して予算を削りましたし、申請後にこの経緯を話したら、中型科研の採択常連者である某氏から、「だったら基盤Bで出せばよかったのに。僕なら絶対そうするよ」とも言われました。研究期間を延ばし、予算も削らなければ、基盤Bの上限額とまではいかずとも、それなりの額が必要となりますから、このテーマで基盤Bを狙いに行くのもありだろう、とも思います。
とはいえ、基盤Bは採択率こそ低くはありませんが、人文系で基盤B以上を狙う人はごく少数なので、その精鋭応募者たちの中から選ばれるのは大変です。しかも、萌芽以外の種目は、基本的にこれまでの研究成果も問われるわけですから、新たに調査に着手した寺院では難しいだろうという思いもありました。もっとも、その寺院自体は調査を始めたばかりではあっても、これまでの他の寺院調査の成果を書くことも可能ですから、絶対に無理だとは言えませんけどね。
それに、そろそろこれまでの成果(寺院調査だけに限らず)をまとめつつ、新たな展開を、という思いがありましたので、基盤Bに出すならそれしかない、と考えていたことが大きかったんですよ。

しかし、まずはとにかく何らかの資金を得なければ、当面の調査遂行も難しい。そのためには、中長期的計画よりも、目先の資金獲得のほうが重要なので、萌芽で申請したのは作戦ミスだったかな、という思いをずっと抱いていました。
それだけに、採択されてホッとしています。
昨年度、手弁当で調査にご協力いただいた方々には、お礼申し上げます。

・・・とはいえ、かなり減額されての採択だったので、また新たな問題が発生してきます。

科研費というものは、申請額からある程度減額されて採択されるものですから、最初からそのことを考慮に入れて研究計画と予算を組まなければなりません。しかし一方で、審査の場では、その計画と予算案の妥当性が問われるわけで、「この計画に対し、この予算は多すぎである」という判断を下されることも往々にしてあるわけですから、そのあたりの駆け引きというのが難しいんですよね。
今回の私の場合、調査日数や参加人数をやや多めにカウントし、採択額に応じて日数・人数を調整できるようにしておきました。
とはいえ、本当は萌芽の上限額でも足りないくらいの規模で調査を進めたかったわけですから、たとえ満額取れたとしても十分ではない、というのが本音です。そのうえ、予想以上に減額されてしまったので、けっこう厳しいですね。

種目によっては、研究期間中に他の種目に応募し、そちらが採択されたら元の種目を辞退して乗り換えることもできますし、あるいは、研究期間終了までに1年を残し、継続的なテーマで再応募することもできます。
しかし、萌芽の場合は併願できるため、そういう面倒なことをせずとも、いつでも他種目に応募できるわけですが、その場合、遂行中のものとは別のテーマでなければなりません(当たり前ですが)。
つまり、この某寺調査をもっと規模の大きい科研に移行させる、ということはできないわけですよ。なので、採択された期間(3年)のうちに他の資金が取れたとしても、ここの調査にその資金を投入することは基本的にできません。
要するに、3年間は、今回採択された予想を下回る予算の範囲内で、この調査をするしかないのです。
採択されてこんなことを言うのは贅沢ですが、調査の遂行に下手に縛りをかけることになってしまった、という面もあるでしょうか。

とはいえ、そのあたりは書類の書き方次第ということもあって、例えば、この調査を含めた総合的なテーマで基盤Bに申請し、採択されたら、基盤Bの予算の中から、萌芽で遂行している研究の弱い面をカバーする、等の形で補うことも可能です。
こういう時こそ、書類作成の腕の見せ所。逆に、こういう状況だからこそ、より大きな科研を狙いやすくなったと肯定的に捉えるくらいでなければいけないのかもしれませんね。

 

※なお、小型・中型・大型科研というのは、私の勝手な分類です。
小型=若手B、基盤C、萌芽、スタート支援
中型=若手A、基盤B
大型=若手S、基盤A、基盤S、等

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2012年4月 5日 (木)

新年度

先月末に京都某寺調査。

調査の後片付け(データ整理等)が終わらないうちに年度が変わってしまい、2日に学部教員の歓送迎会、3日に大学院のガイダンス、昨日と今日は学部生のガイダンスと来て、明日から授業開始です。

他学科に着任した某ヨーロッパ系の研究者は、私が仕事をご一緒したことのある某研究者の後輩であり、その他にも共通の知り合いが何人かいて、初対面から話題に事欠きません。
加えて、その学科のもう1人の新任である某地理系の研究者も、なぜか私のことを知っているということです。そっち方面の研究者に知られているというのは意外でしたが、地理研究は寺院研究も射程に入れているのかと、その幅の広さに驚きました。

そして、うちの学科にも新任が1人。
実は、私の大学院時代の後輩であり、某テーマでの共同研究者でもあります。
そんなに近い立場の人間を採るというのは、外からコネなんじゃないかなどと邪推される可能性があり、そしてそう思われることは大学にとってマイナスであるため、かなり難しいのですよ。しかし、その不利な条件下においても、業績と研究の幅の広さで他の応募者を圧倒し、めでたく採用されたというわけです。

ただ、今回のうちの公募については、無責任な噂とかも聞こえてきて、募集している側としては、そういうのはあまり気分のいいものではありませんでした。
「あの公募は、誰々を採るためのデキに違いない」などという妄説が、私の耳に入ってきただけでも2種類。おそらく、それ以外にも諸説あったんだろうと想像されます。
まあ、その種の噂なんてものは、どこかの大学で公募が出るたびに必ず出てくるものですし、私自身も公募戦士だった頃には、そういう推測くらいはしていました。しかし、あくまで推測でしかなく、外部の人間には真相はわからないわけですから、採用されたければとにかく応募するしかないんですよね。
ところが、世の中にはそういう根も葉もない噂を真に受けてしまう御仁もいるわけですよ。そして、それを鵜呑みにして、応募もせずに断念するという。
はっきり言いますが、そういう情報弱者は、もうそのスタンスからして、どこの公募に出しても無駄だと思いますよ。情報を適切に見極める能力に欠けていることに加え、そんな理由で応募を断念してしまう程度の熱意しかない人間は、どこの大学でも必要とされていません。『HUNTER×HUNTER 』に例えるならば、ハンター試験の会場に辿り着けないレヴェルですね。

まあ、ともあれうちの大学は、公募をしても出身者ばかりを採用するという種類の大学とは違い、本気の公募をしています。
1年勤めてわかりましたが、どうりで組織が健全で過ごしやすいわけですね。

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2012年3月23日 (金)

卒業式

ポスドク関係の記事を連続で書いたら、あちらこちらでツイートされたようで、アクセス数がものすごいことになりました。
追記記事をアップした日は、アクセス人数500人以上、アクセス件数はその倍以上。アクセス地域は、32都道府県のほか、海外からも7ヶ国。
フェイスブックでも言及されていたようですが、このブログはそちらには対応していないので、詳細はわかりません。なお、私自身はツイッターもフェイスブックもやっておらず、そもそも、そういうものの見方がよくわかっていないのですが・・・。

ところで、追記記事をアップした18日には、母親と妹が関西見物に来たので、あれこれ案内していました。
当初は20~22日という予定でしたが、前任校の習慣で卒業式の日を勘違いしており、先週になって21日が卒業式であることを思い出し、急遽、日程を18~20日に変更してもらった次第。

さて、そして21日。

卒業式当日の教員の業務については何も聞いていなかったのですが、夕方からの謝恩会に招待されているほか、ゼミ生にはみんなで写真を撮りましょうと連絡していたので、とりあえず式が終わるくらいの時間を見計らって出勤。
メールボックスを見ると、学科・専攻ごとの卒業証書授与の段取りについての書類が入っていました。
そうか、今日はそういう仕事があるのか。
この時期は毎日出勤するわけではないので、こういう通知はメールでいただきたいものですね。まあ、開始時間よりも早く到着したからよかったようなものの・・・。

03

なお、仕事があるかどうかもわからなかったため、弁当が出ることを想定せずに食事を買っていってしまいました。
当然、弁当は出ます。いつもながらの、無駄に豪華な弁当が。
昼食を2回も食べて、もう食えんなどと言いつつ謝恩会でまた食べ、さらに帰宅して夜食・・・。こんなにアホみたいに食べて、どうして太らないのか、我ながら不思議ですね。
あ、すみません、自慢ではありません。スリム度上位1パーセント返り咲きを目指し、自分にプレッシャーをかけているだけです。

01

さて、証書の授与が終わり、しばらくして謝恩会の会場へ移動。
事前に収録したビデオレター(会場で上映)で、だいたい言いたいことは言ってしまったのですが、ゼミ生からプレゼントを手渡された際に、また何か挨拶しなければならなくなりました。
同じことを言ってもしょうがないので、
「いま手渡してくれた○○さんは、卒論ゼミを決めるとき、まだ私は着任前で、ほとんど何も情報がなかったのに、『第一希望:新任』と書いてたんですよ。『顔も名前もわからない新任教員を第一希望にするなんて、物好きだよね』と言ったら、『イケメンの先生が来ると聞いてたので』と言われました。・・・まったく、誰ですか、そんなガセネタを流したのは! まあ、甘い言葉に騙されてはいけないという、社会に出てから必要になることを学ぶことができたのは、よかったんじゃないかと思いますけど」
とか何とか、適当なことを言ったわけですが。
・・・え、自慢? いいえ、違います。頑張って関西人になろうとしているだけです。

02

あ、今回、ゼミ生のほか、自分自身もブログでは初の顔出しです。
とはいえ、顔がほとんど識別できないよう、画像サイズを落としてますけどね。あまり顔には自信がありませんので。

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2012年3月18日 (日)

ポスドク問題・追記

前回書いたポスドク認識についてですが、そういう齟齬が生じた一因として、無給研究員制度も指摘できるかと思います。
これは、ドクターコース(博士課程)の籍を抜いた人に、図書館使用等の便宜を図るため、その大学(院)における身分を与えるというものです。
その呼称は「専門研究員」「招聘研究員」「客員研究員」「研修員」等、様々ですが、「研究生」「研修生」等のように「生」ではなく、「員」であることが重要です。
表向きは、ポスドクと同様、研究を職務とする=研究して給料をもらうというものですが、実際には、大型の外部資金でも取ってこない限り、大学には財源もなく、そして彼らに与える仕事もないということが一般的であり、そして文系、特に人文系ではそんな外部資金を得ることのできるケースは滅多にないので、まさに肩書きだけを与えるという制度(あるいは、限りなくそれに近いもの)ということになります。
中には、無給どころか、カネを払ってこの肩書きを買わなければならない場合もあります。

ともあれ、いくつかの有力大学にそういう制度があり、そしてそういうところでは、大学院の籍を抜いた(けれどまだ専任職に就けない)人の多くがこの肩書きを得るので、理系に倣ってポスドクと呼ばれていたのでしょう。
そして、それがいつの間にか、研究員でない人も含む専任職浪人全体の呼称に敷衍された結果、ポスドクとは、「ポストドクトラルフェロー」ではなく「ポストドクターコース」のことであると誤解されてしまったのだと思われます。

さて、それはともかく、この種の研究員の位置付けというのは、非常に複雑です。
実働をともない対価を得ている研究員や、あるいは科研費等の外部資金を執行するために身分(と研究者番号)をもらっている研究員もいる一方で、こういう名前だけの研究員もいる。しかし、外部にはその相違はほとんどわからない。それに起因する弊害も出てくるでしょうね。
もっとも、専任職就任に際して職位を決める際、研究員の類はほとんど換算されないので(私の知る範囲では)、そういう文脈ではあまり問題にならないのかもしれませんが、最近では、助手・助教・講師・・・といった教歴に換算できるポストでも、実態がどうなっているのかわからないものが増えているようです。

とはいえ、研究という仕事は何時間働いていくら、というものではありませんからね。実働といっても、なかなかその判断が難しい場合もあります。
人文系ポスドクの代表格である学振PDについて言えば、個人プレーが主となる人文系研究者の多くは、自分の裁量で自由に研究を遂行します。それで給料がもらえるわけですから、端から見れば、「何もしなくても毎月お金をもらえる夢のような身分」なのかもしれませんし、実際、研究もせずにお金だけもらっているという人がいても不思議ではありません。
特に、研究というものに携わらない人から見れば、カネだけあげて自由に研究させるなんて、“タダであげている”のと同じで、税金の無駄遣い以外の何者でもないと思われるでしょう。
かつて、学振の特別研究員制度が事業仕分けの対象として挙げられたことがありましたが、研究の現場を理解していない仕分け人にしてみれば、当然の判断だと思います。それどころか、研究者の中にも、あれは無駄遣いだと主張する人が少なくありません。

さて、その学振から、先月、追跡調査の通知が届きました。
以前に届け出た住所に調査票を送ったら返送されてきたのでメールにて、とあったので、私の名前でウェブ検索し、大学のアドレスにたどり着いたのでしょう。
特別研究員PDに採択されていた人は、研究員任期満了の直後、1年後、5年後、10年後に、現職について確認されます。おや、もう5年経ったのかと思ってよく考えてみると、5年どころか、もう6年経っています。おかしいなと思い、添付されていた送り状をよく見ると、日付が去年の9月になっていました。つまり、いったん調査票を送付して回収した後、連絡先不明者についても徐々に調べており、5ヶ月遅れで私を突き止めたということですね。

アカデミア・サバイバルの記事でも書いたように、研究職に就くことは、希望してもほとんどの人にとっては不可能に近いという現実をきちんと理解している当該書の著者ですら、学振PDを「夢のような地位」などと、大変な誤解をしています。
それは、この追跡調査の結果が、任期満了直後に46%、1年後に63%、5年後には83%の人がアカポスを得ているというものだからです。
世間一般の常識からすれば(例えば大卒者の就職率と比較すれば)、この数値とて、決して良いとは言えないものですが、博士課程修了後に専任の研究職を得られる人の割合は、これよりも遥かに遥かに遥かに低いので、そこから見れば破格の数値ということになります。
しかも、本書の刊行時に学振が公開していたこの数値よりも、今はさらに上昇しており、現在示されている数値は(2年前の調査結果ですが)、直後59.7%、1年後76.8%、5年後90.9%、10年後93.7%となっています。
そして、これを総括して、「日本学術振興会特別研究員‐PDは、5年経過後調査では、90.9%が「常勤の研究職」に就いており、我が国の研究者の養成・確保の中核的な役割を果たしている」と結論しています。
確かに、研究職への就職が困難であるという現状を知っている人から見れば、まさに夢のような数値ですね。

しかし、これにはカラクリがあるということは以前も書きました。
第一に、連絡先不明者を除いた数値であること。
第二に、ここで言う就職率とは、「専任」ではなく「常勤」の研究職に就いた者の割合であり、かつ、常勤の定義がきわめて緩いこと。

第一の点については、多くの大学の就職課でもやっていることですが、見かけの就職率を高く見せるための常套手段ですね。
前回調査時に届け出た住所から何度か転居している私を、ウェブ検索で突き止めたわけですから、一応は不明者を減らすための努力はしているようです。しかし、私は現在も、学術振興会の他の部署とは様々な形で関わりを持っており、当然、連絡先も把握されていると思っていたのですが、典型的な縦割り行政だったわけですね。
そういう人間の連絡先を突き止めるだけでこれほど時間がかかるわけですから、まして、研究者番号のない、あるいは大学等の機関に所属していない人間を捜すのはきわめて難しいことであり、連絡先不明者の大部分は研究職に就いていない可能性が高いわけです。
なのに、その不明者を分母から除外しているわけですから、そりゃあ、就職率が高くなるわけですよ。

そして第二の点については、より大きな問題があります。
この調査でいう常勤の研究者とは、任期付きはもちろん含まれますし、それどころか、非常勤であっても週30時間以上研究に従事している場合は常勤として回答せよと指示しています。
ここで問題となってくるのが、今日の記事の前半に書いた、肩書きだけのものも含めた種々の研究職の存在、および、実働何時間という発想で研究という職務内容を測ることの難しさです。
ポスドクの場合は、週30時間以上の勤務であっても、常勤研究職とは別の項目に分類されます。しかし、特定資金によるプロジェクトの研究員ではなく、肩書きのない人を救済するために大学が設けているような研究員はポスドク認定されず、それゆえ、週30時間以上の勤務形態であれば常勤ということになってしまいます。
そして、特定の作業に対して時給いくらという形で給料が支払われる場合はともかく、例えば研究員の肩書きをもらうに際して提出したテーマに関わる研究が職務内容だということになれば、その人の研究活動の大部分(あるいは全て)が勤務時間ということになり、たとえ無給であっても、週30時間という基準はすぐに超えてしまい、常勤扱いということになってしまうわけです。

いいですか。
この調査で示される常勤職就職者には、こういう身分も含まれているということですよ。
前回の調査よりも常勤職就職者の割合が大幅に上昇していますが、それはつまり、こういう救済ポストが増えているということではないのでしょうか?
しかし、調査結果として常勤職の内訳は示されていないため、内実はわかりません。わかりませんが、そうである可能性が非常に高いことは、周囲を見渡しただけでも容易に想像できます。

それなのに、「研究者養成・確保の中核的な役割を果たしている」と結論付けるのはいかがなものかと思います。
もちろん、匿名ブログでゴチャゴチャ言うだけでは意味がありません。ちゃんと学術振興会に伝わるよう、調査票の末尾にある意見・要望欄にも書きました。

しかし、一方で、特別研究員制度を存続させるためには、こうでもしなければしょうがない、ということもあるのでしょう。
私自身、この制度のおかげで研究者としてのキャリアを積むことができたわけですし、これから研究者を目指す人にとっても非常に意義のある制度だと思っています。なので、なんとしてもこの制度は維持してほしいと願います。
問題なのは、こんな稚拙で姑息な手段を講じてまで、見せかけの就職率の良さを提示しなければならないということではないでしょうか。

税金から給料をもらい、研究だけしていればよいという生活を送っていたのだから、1人残らず研究職について、それを社会に還元するのは当然のことである。だから、研究職への就職がどんなに絶望的な状況であっても、少なくとも学振PDだけは、任期満了後になるべく多くの人(できれば全員)が研究職に就かなければならない。

いいえ、違います。
学振の恩恵に与っていない人であっても、1人が博士課程を出て博士学位を取得するまでに、色々な形で莫大な税金が投入されているのです(もちろん私大であっても)。しかし、その大部分は、博士学位という資格を、そしてそれを裏付ける知識と経験を、十分に活かせる仕事に就くことができません。
こういう現状を打開しない限り、特別研究員制度を縮小あるいは廃止したところで、なにも解決しないわけですよ。

日本学術振興会は、追跡調査をするからには、回答不能者の数や常勤職の内訳もきちんと明示すること。そのうえで、研究者を養成することが、これほどまでに難しいことであるということが、広く理解されるよう努めること。
それは、大学も同様です。
そして、大学において研究者を育てる立場の人間は、こうした悲劇的状況を正しく学生に伝えること。甘い夢は絶対に見させないこと。
これを徹底しなければ、日本の学術界は、もう先はないでしょう。

あとは、大学等の研究機関に所属せずとも研究を遂行できるように、システムだけでなく、個々人の意識も改革してゆくことが必要だと思いますが、これはこれで非常に大きな問題ですので、いずれまた、改めて書きたいと思います。

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