君の行く道は

2012年7月14日 (土)

英才教育?

先月末の某学会、実は、ゼミ生を連れて行ったんです。研究者志望の4回生。
連れて行ったというよりも、“勝手に来た”というほうが正しいのですが。
こういう学会があるよ、と教えてはいましたが、東京だし、まさか来るとは思っていなかったんですけどね。2日前に「行きます」と連絡が。
なんと熱心な。
それならば、せっかくの機会なので、懇親会にも出席させました(もちろん会費は私が)。

うちの大学院はマスターまでしかないので、研究者志望ならばドクターのあるところへ行かせるのが常道ですが、そもそも、研究職に就くことの厳しさを十分にわかっていない学生に、気軽に進学などは勧められません。
今は、この道を断念させるのに便利な本――『高学歴ワークングプア』ほか、水月昭道の3部作――があるので、これを読ませればたいていの学生は考え直すでしょう。
去年、派手な服を着た長髪ソバージュの彼が私のところに来て、「研究者を志望しています」と言った時は、まるで昔の自分を見ているようで、応援したくなりました。しかし、いまや研究者などは目指してなれるものではなく、ほとんど宝くじのようなものです。前途ある若者を、不幸な人生へと導きたくはないので、必死に説得して断念させなければなりません。
しかし、彼はすでに水月本を読んでいるのはもちろんのこと、さらに詳しくリサーチしていて、この世界の厳しさ・救いのなさを熟知しているようでした。そのうえで、研究者を目指したいというのですから、もう私には止めることはできません。一応、セーフティ・ネットも準備しているようでしたし。

わかった。では、面倒を見ましょう。

ということで、彼には、「有力国立大学(できれば旧帝大)の大学院に進学すること」と「学振DCに採択されること」の2つを絶対にクリアせよ、と言い聞かせています。
もちろん、これらの条件をクリアしていても、研究者になれない人はたくさんいます。あくまで、最低条件です。
逆に、これらをクリアしていなくても研究者になれた人もいます。しかし、そういうレアケースを、これから大学院に行こうとしている学生に教えても意味がありません。それは、「近所の山田さんが宝くじで3億円当たったから、キミも当たるかもしれないよ」というのと同じです。
こういう言い方をすると、いずれの条件も満たしていない研究職志望者は、不快に感じるかもしれません(しかも、そう言ってる私自身が片方はクリアしてないわけですし)。しかし、教師として、これからその道に進もうとしている教え子に、「国立の大学院に行く必要はないよ」とか「学振なんぞ採択されなくても大丈夫」などと、わざわざ不利になるようなことを言うことができるでしょうか?
今からならばどこの大学院だって狙えるわけですから、少しでも有利に勝負のできるところに行ってほしいと思うのは、当然の親心です。
そして、早いうちから学振を視野に入れて研究させ、もし自分の研究能力・研究展望ではDCもPDも望めないとわかったら、ズルズルと研究職に拘り続けず、早めに方向転換してほしいと思っています。もちろん、学振に採択されなくても研究者になれた人はいますが、これがある段階での研究レヴェルを判断する1つの指標になることは疑いありませんので、低い可能性に人生を賭けさせるよりは、その結果を受け止めて、勇気ある撤退をしてほしいと思います(もちろん、最後は本人の意志ですが)。

ただし、上記2条件は、「並の能力しかない者でも、研究者になれる可能性が少しは期待できる」条件ということです。つまり、いずれの条件も満たしていないのに研究者になれたという人は、本当に飛び抜けた異能の人ということができるでしょう(でなければ、宝くじ当選者並みの幸運者)。
もしかしたら、こんなケチな条件などはモノともしないような才能を、彼も持っているかもしれません。しかし、現時点ではそれがわからないので、並の能力者であると考えておくのが無難です。そういう並の人間が研究者になる可能性を少しでも上げるための条件が、有力国立大学院と学振ということですね。

・・・と、まあ、普段からこういう“英才教育”をしているわけですが、しかし口で言っただけではピンと来ないでしょう。
懇親会の席上や二次会等で紹介した多くの研究者が、これら2つの(あるいはどちらかの)条件を満たしているという現実を目の当たりにし、いささか刺激が強すぎたかもしれませんが、ある程度の覚悟はできたのではないかと思っています。

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2012年3月18日 (日)

ポスドク問題・追記

前回書いたポスドク認識についてですが、そういう齟齬が生じた一因として、無給研究員制度も指摘できるかと思います。
これは、ドクターコース(博士課程)の籍を抜いた人に、図書館使用等の便宜を図るため、その大学(院)における身分を与えるというものです。
その呼称は「専門研究員」「招聘研究員」「客員研究員」「研修員」等、様々ですが、「研究生」「研修生」等のように「生」ではなく、「員」であることが重要です。
表向きは、ポスドクと同様、研究を職務とする=研究して給料をもらうというものですが、実際には、大型の外部資金でも取ってこない限り、大学には財源もなく、そして彼らに与える仕事もないということが一般的であり、そして文系、特に人文系ではそんな外部資金を得ることのできるケースは滅多にないので、まさに肩書きだけを与えるという制度(あるいは、限りなくそれに近いもの)ということになります。
中には、無給どころか、カネを払ってこの肩書きを買わなければならない場合もあります。

ともあれ、いくつかの有力大学にそういう制度があり、そしてそういうところでは、大学院の籍を抜いた(けれどまだ専任職に就けない)人の多くがこの肩書きを得るので、理系に倣ってポスドクと呼ばれていたのでしょう。
そして、それがいつの間にか、研究員でない人も含む専任職浪人全体の呼称に敷衍された結果、ポスドクとは、「ポストドクトラルフェロー」ではなく「ポストドクターコース」のことであると誤解されてしまったのだと思われます。

さて、それはともかく、この種の研究員の位置付けというのは、非常に複雑です。
実働をともない対価を得ている研究員や、あるいは科研費等の外部資金を執行するために身分(と研究者番号)をもらっている研究員もいる一方で、こういう名前だけの研究員もいる。しかし、外部にはその相違はほとんどわからない。それに起因する弊害も出てくるでしょうね。
もっとも、専任職就任に際して職位を決める際、研究員の類はほとんど換算されないので(私の知る範囲では)、そういう文脈ではあまり問題にならないのかもしれませんが、最近では、助手・助教・講師・・・といった教歴に換算できるポストでも、実態がどうなっているのかわからないものが増えているようです。

とはいえ、研究という仕事は何時間働いていくら、というものではありませんからね。実働といっても、なかなかその判断が難しい場合もあります。
人文系ポスドクの代表格である学振PDについて言えば、個人プレーが主となる人文系研究者の多くは、自分の裁量で自由に研究を遂行します。それで給料がもらえるわけですから、端から見れば、「何もしなくても毎月お金をもらえる夢のような身分」なのかもしれませんし、実際、研究もせずにお金だけもらっているという人がいても不思議ではありません。
特に、研究というものに携わらない人から見れば、カネだけあげて自由に研究させるなんて、“タダであげている”のと同じで、税金の無駄遣い以外の何者でもないと思われるでしょう。
かつて、学振の特別研究員制度が事業仕分けの対象として挙げられたことがありましたが、研究の現場を理解していない仕分け人にしてみれば、当然の判断だと思います。それどころか、研究者の中にも、あれは無駄遣いだと主張する人が少なくありません。

さて、その学振から、先月、追跡調査の通知が届きました。
以前に届け出た住所に調査票を送ったら返送されてきたのでメールにて、とあったので、私の名前でウェブ検索し、大学のアドレスにたどり着いたのでしょう。
特別研究員PDに採択されていた人は、研究員任期満了の直後、1年後、5年後、10年後に、現職について確認されます。おや、もう5年経ったのかと思ってよく考えてみると、5年どころか、もう6年経っています。おかしいなと思い、添付されていた送り状をよく見ると、日付が去年の9月になっていました。つまり、いったん調査票を送付して回収した後、連絡先不明者についても徐々に調べており、5ヶ月遅れで私を突き止めたということですね。

アカデミア・サバイバルの記事でも書いたように、研究職に就くことは、希望してもほとんどの人にとっては不可能に近いという現実をきちんと理解している当該書の著者ですら、学振PDを「夢のような地位」などと、大変な誤解をしています。
それは、この追跡調査の結果が、任期満了直後に46%、1年後に63%、5年後には83%の人がアカポスを得ているというものだからです。
世間一般の常識からすれば(例えば大卒者の就職率と比較すれば)、この数値とて、決して良いとは言えないものですが、博士課程修了後に専任の研究職を得られる人の割合は、これよりも遥かに遥かに遥かに低いので、そこから見れば破格の数値ということになります。
しかも、本書の刊行時に学振が公開していたこの数値よりも、今はさらに上昇しており、現在示されている数値は(2年前の調査結果ですが)、直後59.7%、1年後76.8%、5年後90.9%、10年後93.7%となっています。
そして、これを総括して、「日本学術振興会特別研究員‐PDは、5年経過後調査では、90.9%が「常勤の研究職」に就いており、我が国の研究者の養成・確保の中核的な役割を果たしている」と結論しています。
確かに、研究職への就職が困難であるという現状を知っている人から見れば、まさに夢のような数値ですね。

しかし、これにはカラクリがあるということは以前も書きました。
第一に、連絡先不明者を除いた数値であること。
第二に、ここで言う就職率とは、「専任」ではなく「常勤」の研究職に就いた者の割合であり、かつ、常勤の定義がきわめて緩いこと。

第一の点については、多くの大学の就職課でもやっていることですが、見かけの就職率を高く見せるための常套手段ですね。
前回調査時に届け出た住所から何度か転居している私を、ウェブ検索で突き止めたわけですから、一応は不明者を減らすための努力はしているようです。しかし、私は現在も、学術振興会の他の部署とは様々な形で関わりを持っており、当然、連絡先も把握されていると思っていたのですが、典型的な縦割り行政だったわけですね。
そういう人間の連絡先を突き止めるだけでこれほど時間がかかるわけですから、まして、研究者番号のない、あるいは大学等の機関に所属していない人間を捜すのはきわめて難しいことであり、連絡先不明者の大部分は研究職に就いていない可能性が高いわけです。
なのに、その不明者を分母から除外しているわけですから、そりゃあ、就職率が高くなるわけですよ。

そして第二の点については、より大きな問題があります。
この調査でいう常勤の研究者とは、任期付きはもちろん含まれますし、それどころか、非常勤であっても週30時間以上研究に従事している場合は常勤として回答せよと指示しています。
ここで問題となってくるのが、今日の記事の前半に書いた、肩書きだけのものも含めた種々の研究職の存在、および、実働何時間という発想で研究という職務内容を測ることの難しさです。
ポスドクの場合は、週30時間以上の勤務であっても、常勤研究職とは別の項目に分類されます。しかし、特定資金によるプロジェクトの研究員ではなく、肩書きのない人を救済するために大学が設けているような研究員はポスドク認定されず、それゆえ、週30時間以上の勤務形態であれば常勤ということになってしまいます。
そして、特定の作業に対して時給いくらという形で給料が支払われる場合はともかく、例えば研究員の肩書きをもらうに際して提出したテーマに関わる研究が職務内容だということになれば、その人の研究活動の大部分(あるいは全て)が勤務時間ということになり、たとえ無給であっても、週30時間という基準はすぐに超えてしまい、常勤扱いということになってしまうわけです。

いいですか。
この調査で示される常勤職就職者には、こういう身分も含まれているということですよ。
前回の調査よりも常勤職就職者の割合が大幅に上昇していますが、それはつまり、こういう救済ポストが増えているということではないのでしょうか?
しかし、調査結果として常勤職の内訳は示されていないため、内実はわかりません。わかりませんが、そうである可能性が非常に高いことは、周囲を見渡しただけでも容易に想像できます。

それなのに、「研究者養成・確保の中核的な役割を果たしている」と結論付けるのはいかがなものかと思います。
もちろん、匿名ブログでゴチャゴチャ言うだけでは意味がありません。ちゃんと学術振興会に伝わるよう、調査票の末尾にある意見・要望欄にも書きました。

しかし、一方で、特別研究員制度を存続させるためには、こうでもしなければしょうがない、ということもあるのでしょう。
私自身、この制度のおかげで研究者としてのキャリアを積むことができたわけですし、これから研究者を目指す人にとっても非常に意義のある制度だと思っています。なので、なんとしてもこの制度は維持してほしいと願います。
問題なのは、こんな稚拙で姑息な手段を講じてまで、見せかけの就職率の良さを提示しなければならないということではないでしょうか。

税金から給料をもらい、研究だけしていればよいという生活を送っていたのだから、1人残らず研究職について、それを社会に還元するのは当然のことである。だから、研究職への就職がどんなに絶望的な状況であっても、少なくとも学振PDだけは、任期満了後になるべく多くの人(できれば全員)が研究職に就かなければならない。

いいえ、違います。
学振の恩恵に与っていない人であっても、1人が博士課程を出て博士学位を取得するまでに、色々な形で莫大な税金が投入されているのです(もちろん私大であっても)。しかし、その大部分は、博士学位という資格を、そしてそれを裏付ける知識と経験を、十分に活かせる仕事に就くことができません。
こういう現状を打開しない限り、特別研究員制度を縮小あるいは廃止したところで、なにも解決しないわけですよ。

日本学術振興会は、追跡調査をするからには、回答不能者の数や常勤職の内訳もきちんと明示すること。そのうえで、研究者を養成することが、これほどまでに難しいことであるということが、広く理解されるよう努めること。
それは、大学も同様です。
そして、大学において研究者を育てる立場の人間は、こうした悲劇的状況を正しく学生に伝えること。甘い夢は絶対に見させないこと。
これを徹底しなければ、日本の学術界は、もう先はないでしょう。

あとは、大学等の研究機関に所属せずとも研究を遂行できるように、システムだけでなく、個々人の意識も改革してゆくことが必要だと思いますが、これはこれで非常に大きな問題ですので、いずれまた、改めて書きたいと思います。

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2012年3月12日 (月)

ポスドク認識の齟齬

「ポスドク」と「オーバードクター」を取り違えている人が意外に多い。以前から薄々感じていたのですが、最近、改めてそのことに思い至りました。
まあ、どちらも経験せずに専任職に就いた人から見れば似たようなもんで、そんな違いはどうでもいいのかもしれません。
誤解をしているということを最近知ったその人も、比較的順調に専任職を得た人なので、そのあたりの意識の差なのかな、とも思いました。しかし、よくよく聞いてみると、どうもそうでもないようで、出身大学院や職場等、その人の文化圏では、多くの人たちが「オーバードクター」という意味で「ポスドク」と言っているみたいです。
そして、おそらくその文化圏が特殊なのではなく、少なくとも人文系にはそういう認識の人がけっこういるのではないかと思います。

ポスドクというのは、postdoctoral fellow=博士研究員のことで、一般に、博士学位取得後に大学等の専任職を得るまでのつなぎとして就く任期付きのポストのこと。
理系(の多くの分野、以下同)にはこの種のポストが多いけど、文系、特に人文系(の多くの分野、以下同)では非常に少なく、一昔前までは、ポスドクといえばほぼ学振PDのことである、という状況でした。近年は、COEその他の大型資金による研究員ポストも増設され、学振以外にもポスドク職が増えてきましたが、それでも、学位取得後(あるいは博士課程満期退学後)の人が就くポストとしては決してメジャーとはいえず、多くの人は大学や中高の非常勤講師を掛け持ちしている、という感じでしょうか。

一方、オーバードクターというのは、博士学位取得後、まだ専任職に就いていない人という意味で、その中にはもちろんポスドクも含まれますが、それだけではなく、非常勤講師もコンビニバイトも無職も・・・要するに専任職を得る前のあらゆる生活形態の総称ということになります。
ただ、博士課程の標準修業年限の3年で学位を取るのが一般的である理系と違い、なかなか学位の取れない文系、特に人文系では、博士課程に4年、5年、6年と在籍することが珍しいことではなく、それゆえ、オーバードクターというと、「3年を超えて在籍している大学院生」という意味に限定されることが多いようです。
なので、おそらくは、博士4年以降に在籍中の院生のことを「オーバードクター」と呼び、学籍を抜いて専任職を目指して食いつないでいる人のことを「ポスドク」と称する、という使い分けがなされるようになったのではないかと思われます。

理系では、すぐに専任職に就けない分野でも、任期付き研究員=ポスドクは学振以外にもたくさんあるので、比較的容易に就くことができ、そしてそれをいくつか渡り歩いて専任職を探す、というのが一般的のようです。
学振PDなら月額36万円くらいもらえますし、理系には例えば理化学研究所等、もっと高額のポスドクもありますが、一方で20万以下とかの安いところもあって、ピンキリなのでしょう。
しかし、安いといっても、複数年にわたり1つの職場で定収入が確保できるという点では、単年度契約で1コマ月額3万円弱の非常勤講師をいくつも掛け持ちするのに比べたら、はるかに恵まれているんじゃないかと思います。
一方、ポスドク職の少ない人文系では、その数少ないポスドクの中の代表格である学振PDになったら、ほとんど勝ち組みたいな目で見られます。実際、採択率は1割程度だし、最初から諦めて応募しない人も多いので、同世代の上位数パーセントであると、一応公的に認定されたことになりますから、そう考えてしまう人が多いというのは無理もありません。また、かつて書いたアカデミア・サバイバルの記事でも、当該書の著者が、学振PDになれさえすれば、かなりの高確率で生き残れると書いている(けど大きな勘違いである)ことを採り上げました。
あるいは、最近増えつつある他のポスドクも、雇用条件は様々なので単純に比較はできないでしょうけれども、やはり非常勤の掛け持ちよりはずいぶん良いのではないでしょうか。ポスドクと非常勤を兼務している人もいますが、単年度契約の非常勤のみを複数掛け持つよりも、安定性はやや高いように思われます。

そういうわけで、ポスドクの絶対数が段違いに多い理系とは異なり、一握りの人しか就けないわけですから、人文系オーバードクターの中では特殊な身分であり、そしてその労働条件も、ポスドクになれない大多数の人たちと比べたら、まあ恵まれている、というものです。
しかし、そのポスドクでさえ、専任職までのつなぎでしかないわけで、希望職種でないことに加えてやっぱり不安定だし、厳しい境遇であることには変わりはないわけです。

理系でも、ポスドクに就けないという人も少数ながらいて、そういう人たちは、おそらく非常勤の掛け持ちやら、その他もろもろの仕事をしながら糊口をしのいでいるでしょう。
であるにしても、専任職までのつなぎとして大多数の人がポスドクを経験するため、それがオーバードクターの代表であるかのように認識され、「博士学位を取ったのに希望の職に就けない」「任期付きで不安定な立場を強いられる」等々、専任職に就いていない博士たちの“悲惨な状況”としてポスドクの生活が語られることになります。

それよりも、もっと不安定で厳しい境遇の人たちもいるというのに。

つまり、ポスドクというのは、誤解を恐れずに言えば、「オーバードクターの中では、比較的恵まれた立場にいる人たち」のことである、ということになるでしょう。
ただ、その比率が理系と文系(特に人文系)では著しく異なるため、理系においてオーバードクターの境遇に言及する際に、その中でもっとも一般的なポスドクが代表として採り上げられ、そのためそれがオーバードクターの代名詞として定着したのでしょう。
一方で、人文系においてオーバードクターの定義がD4以降に在籍中の院生という意味に限定され、学籍を抜いた人たちと呼び分ける必要が生じ、理系でよく問題視されているポスドクが、即ち専任職浪人全体の呼称であるという誤解により、本来の意味のオーバードクターに取って代わられたと、そういうことではないでしょうか。

まあ、言葉は変化するものですし、文系理系でそんなに状況が異なるなら、それぞれに相応しい意味で使えばいいんじゃないか、という意見もあるでしょう。
しかし、文系理系という分類自体が、どこまでも厳密に適用できるわけではないことや、文理間(あるいは異分野間)での対話が必要な際にその障害となりうること等々、やはり問題は残ります。

そして何よりも、非常勤の掛け持ちや、場合によっては研究・教育とはまったく無関係のアルバイトをしながら専任職を目指している人たちの実態が、「ポスドクは大変です」という言い方をすることにより隠蔽されてしまうことは、大変に残念なことだと思います。
大学の授業のかなりの部分を非常勤講師に頼っておきながら、彼らには専任よりはるかに低い賃金しか支払うことができず、そしてそれを改善しようという機運すらないという日本の大学の実情。あるいは、非常に長い年月をかけ、多額の税金を投入して養成された「博士」の多くが、アルバイト等で生計を立て、まったくその専門性を活かす場を得られないという状況。
そういう様々な問題が、ポスドク問題に矮小化されてしまう危険性もあるのではないかというのは、考えすぎでしょうか?

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2012年1月19日 (木)

ポストポスドク

芥川賞受賞者の円城塔さんが、かつて日本物理学会の学会誌に寄稿したポスドク問題についてのエッセイがにわかに注目を浴びているようです。

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2009年9月22日 (火)

アカデミア・サバイバル

例の『高学歴ワーキングプア』については、以前、このブログでも触れたことがあります。
さて、その著者が、今度はその「解決編」と称して『アカデミア・サバイバル―「高学歴ワーキングプア」から抜け出す―』という本を出しました。版元のサイトはこちら。そしてアマゾンでは、早くもレビューが付いています。

さっそく買ってパラパラッと読んでみたんですが、なんというか・・・。

第一章 お化け屋敷の比ではない「大学院」の恐怖
第二章 アカデミアで生き残るために 精神編「美味しい空気をつくれるか」
第三章 アカデミアで生き残るために 技術編1「採用人事のウラを知れ」
第四章 アカデミアで生き残るために 技術編2「アカポスへの秘密の抜け道」
第五章 博士のチカラで人を助け自分も生きる

第一章では本書の前提として、研究者を目指して大学院に進んだ人たちを待ち受ける悲惨な末路を描いています。我々の世界では、当たり前すぎてもう今さら誰も改めて指摘すらしないことですが、世の中には、大学院博士課程まで出た凄い頭脳の持ち主(苦笑)が仕事にありつけないなんて信じられない、という人もまだまだいるようですから、まずはその現実を説明しています。
第五章はまとめということで、今後、大学や博士たちはどうすべきか、という展望が述べられています。どうしても理想論になってしまいますが、まあ、それはそれ。

問題は、本書のタイトルにもなっているサバイバルの方法を詳述した第二~四章。
100人に1人くらいしか生き残れない、この恐ろしい世界で、とにもかくにも生き残るにはどうすればいいのか、ということを具体的に説明する、ということなんですが、その内容というのが、偉いセンセイの言うことは何でも聞くイエスマンになれとか、偉いセンセイに嫉妬されぬよう業績はほどほどがよいとか、学会の懇親会で偉いセンセイに挨拶するときは「先生の論文をください」とおねだりしてみようとか・・・。なんですか、これは? 媚びの売り方の指南書ですか?
中には「ああ、なるほど」と思わせる部分もありますが、基本的にはこんな感じです。
まあ、確かに媚びを売るのが得意な院生や若手研究者っていますけどね。でも、そういうキモチワルイ行為は一目瞭然。しかも、「見抜かれてない」「成功してる」「利用してやれ」と思い、さらに媚びを売り続けるイタイ人っていますよね。いや、仮に媚びを売ること自体に成功したとしても、それで道が開ける可能性は限りなくゼロに近いでしょう。そして、必死に媚びる様を周りで冷静に見ている人たちの存在を考えると、このような行為は愚の骨頂としか思えないのですが。
・・・いや、待てよ。もしかして本書は、こういうイタイ人たちの生態を活写したパロディ本なのではないだろうか? うーむ、だとしたら、これではちょっと物足りないですね。なんなら、もっと面白いネタを提供しましょうか?
いやいや、違う。前著のスタンスを考えると、「生き残るためにここまでしなければならない人たちがいる。しかし、ここまでやっても生き残れないのが現実である」、という形で、この世界の恐ろしさを伝えたかった、ということではないでしょうか。

ちなみに、「業績はほどほどがよい」というのは、公募に出す際に、採用する側の教員よりも立派な業績があると、あちらは脅威を感じて採ってくれない、ということだそうです。まあ、そういうことがまったくないとは言い切れませんけどね。でも、藁にもすがる気持ちで本書に書かれていることを実践してみようなどと思ってしまうような人たちにとって、この点は心配無用なんじゃないでしょうか。
本書で言う「ほどほど」の業績とは、論文はあまり書き過ぎず「せいぜい年に三本くらい」にとどめておくのがよい、とのことです。たくさん書くと嫉妬される、なんてことを心配する前に、まずは「せいぜい年に三本くらい」書けるようになってから出直してこい、と、そういうことでしょうかね。あはは。

ところで、三章にわたって述べてきたサバイバル術の最後に、「どうしても残りたいのならこの手しかない」という節が置かれています。
お、とっておきの必殺技があるのか、と思って読んでみると、なんのことはない、ガクシンの特別研究員になること、だそうだ。
これがアカポスをゲットするための正攻法であり、「これができれば確率的には生き残り組に入れる可能性が高まる」と著者は考えているようで、その根拠として、ガクシンPDの任期終了後の追跡調査のデータを挙げています。任期終了直後にアカポスを得た人の割合は46パーセント、1年後に63パーセント、5年後には83パーセント(本書には記されないが10年後には94パーセント)。この数値は、全体の平均値とは比べものにならないほど高いわけですから、まあ、確かにそうですね。
あと、著者は触れてないけど、ガクシン特別研究員になることにより、経済面も保障され、生活のために働く時間を研究に充てられるようになり、さらに、若いうちから研究計画を立案し、予算を組み、それを遂行するという、研究者にとって重要な経験を積むこともできます。
しかし、「この夢のような地位」に就ける割合はきわめて低く、どうしても研究者になりたかったら狙うしかないが、これ以外の道だってたくさんあるのだ・・・という感じでまとめています。

うーん、どうなんでしょう?
ガクシンが、そんなに夢のようなものとは思いませんけどね。そもそも、追跡調査のデータの理解からして甘いんですよ。
この調査は、現職は何ですかという質問に対する回答として、「常勤の研究職」「ガクシン以外のPD」「非常勤の研究職」の中から選択するというアンケートによっておこなわれます。そして、著者がアカポス獲得率として挙げている数値は、「常勤の研究職」に就いている人たちの割合です。しかし、問題は「常勤」の定義。これはテニュア(任期なしの専任職)とイコールではなく、私のような数年任期の専任教員はもちろん、単年度契約の特任研究員とか、あるいは研究者番号だけもらえて無給の研究員とかもカウントされます。自己申告ですから、そういう身分を非常勤職として報告する人もいるでしょうが、そうでない人もいるでしょう。いずれにせよ、アカポス獲得レースで“あがり”になった人の割合は、この数値よりも遥かに低い、ということです。
また、任期終了時のアンケートの回収率は100パーセントですが(年度末の研究成果報告書と同時に提出するので)、1年後、5年後、10年後と、計4回おこなわれる調査では徐々に回収率が低くなっていきます。そして、常勤・他のPD・非常勤それぞれの割合は、有効回答数を100パーセントとして=住所不明者・無回答者を除外して算出した数値です。研究職に就けなかった人ほど追跡調査がしにくくなるわけですし、住所を調べることができたとしても、回答してくれる割合は低くなるでしょう。つまり、分母はもっと大きいはずですが、分子はほぼ同数。そう考えると、ガクシンPD経験者のアカポス獲得率は、これよりかなり下がるでしょう。本当は何パーセントくらいなんでしょうかね・・・。
つまり、この世界で生き残ることはほとんど不可能に近い、という現実を理解している本書の著者をして「夢のような地位」とまで言わしめたガクシンPDですら、実はそんなにたいしたものではなく、これで安心することなど到底できない、ということです。あと3ページ増やしてそのことを書けば、この本はもっと面白くなったのに・・・。

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2009年1月25日 (日)

研究者への道

私の文学部での授業を2つとも履修している学生が何人かいます。
その中でも、とりわけ熱心で優秀なある学生が、どちらも最終週は欠席でした。最後の授業の後、研究室に戻って「どうしたのかな~」と思いながら資料の整理をしていたら、彼から電話がかかってきて(研究室の電話番号を事務所で聞いたのかな)、「昨日と今日は用事があって授業に出られなかったんですが、資料をいただけますか?」と。ちょうど1時間ほど空き時間があったので、すぐに来てもらいました。
資料を渡し、授業で話したことを簡単に説明してから、少し雑談。入学年度がかなり古いことや、どう見ても就職を考えているようには思えず、もしかしたら研究者志望なんじゃないかとか、実は前から気になっていたので、聞いてみました。案の定、研究を志しているようです。しかし、所属の専修からして、日本系のこと(文学であれ宗教であれ歴史であれ)ではなかろう、私の授業に興味があるといっても、それそのものをやりたいというわけではないんだろうと思っていたんですが・・・どうやら、ズバリ私がやっているようなことをやりたいそうで・・・。
入学年度が古いのは、一度大学を離れて働いていたけど、また学問をやりたくなって戻ってきたとか。とはいえ、今もその仕事は続けているようです。
で、専門の違う専修で何とか卒論を書き、この春には卒業できそうだというんですが、その後は、私がやっているようなことを研究するため大学院に行くそうです。といっても、仕事をしながら通うために、うちの大学ではないんですが。

うーん、はっきり言ってお勧めできませんねぇ・・・。
今までも、大学院進学について相談をされたことは何度かありますが、毎回、この世界がいかに報われないかということを懇々と説いて止めたものです。しかし、「はいそうですか」と、すぐに断念するというケースはありませんでしたが。

修士に在学していて、ある程度は周りの状況がわかっているという人ならば、「うちの博士の院生のうち、生き残れるのは1割だ」とか、「これからは、ガクシン取った人間でも生き残れるとは限らない。ましてや、取れない人が残れる可能性は相当に低いよ」とか言ったり、あるいは「学位取得はもう当たり前。その中で、さらに厳しいふるいに掛けられる」と言いつつ、学位未取得のオーバードクターの名前と業績を列挙し、生き残った(あるいは生き残れる可能性のある)ヤツらと比較したりすれば、ある程度は実感を持ってもらえるわけですが、学部生にそう言ってもピンと来ませんよね。まあ、今は『高学歴ワーキングプア』という説得するのに便利な本があるので、それを読ませるというのも一手ですが。

でも、その一方で、応援したいという気持ちもあるんですよね。
特に、私のやっているようなことをやりたいとか、専門を変更してまで(しかも、今の専門のほうが少しはポストが多いのに)そういう研究をしたいとか言われた日には、かつての自分の姿がそこに重なってしまいます。
学部時代からずっとそれを専門にしていても、大学院に入ってから鳴かず飛ばずで、そのうち消えていくというのが大部分ですから、普通に考えたら、今から専門を変えて研究者を目指すなんて無理に決まってんだろボケ、と思ってしまうのは、まあ、当たり前の感覚です。でも、実際に自分はそうやって来たわけだし、まだ生き残れると決まったわけじゃないけど、少なくとも、学界の動向に少しは影響を与えるくらいの存在にはなれたと自負しております。だから、彼のような人に対し、最初から「可能性がない」などと言うこともできないんですよね。
ということで、少し、自分のこれまでのことを語ったりしたんですが、「え、先生は商学部出身なんですか!」と。うーん、もしかして、余計に希望を持たせてしまったのではないだろうか・・・?

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2008年5月23日 (金)

博士・続々

(承

モデル事務所に登録していたけど、ほとんど仕事をもらえず、売れないモデルのまま終わった股下88センチの某氏の立場から言わせてもらうならば、一流の(少なくとも、それで食っていけるレヴェルの)モデルになるのはメチャクチャ大変なんですよ。
あるいは、俳優になるのも、ミュージシャンになるのも、芸人になるのも、みな同様に。
例えば、大学を卒業してから就職せずに、ずっとそういうものを目指して活動していた人がいるとしましょう。本業であるはずの下積みの仕事はたまにしか入ってこないので、生活費の大部分は他のバイトで稼ぐしかない。場合によっては、金を払ってそれ系のスクールに通ったりする場合もあります。それだけ時間と金と労力をつぎ込んで苦労しても、やはり、なれずに散っていく人が大多数です。そういう苦労人をたくさん見てきました。そして、例えば35歳を過ぎたあたりで見切りを付け、異業種に転職しようと思っても、それまでやってきたことはツブシが効かず、職歴としては白紙も同然。当然、仕事もなかなか見付からず、時給いくらのバイトを続けるしかない。

でも、それも人生。

それまで夢を追いかけてきたけど、結局叶わなかったんだから、そういう結果は甘受せざるをえない。当たり前のことです。
そこで、「自分はファッション業界に騙されてモデルを目指し、人生を棒に振った。どう責任取ってくれるんだ!」だの、「オレが俳優になれないのは時代が悪い。だから生活を保障してくれ!」だの、ワケのわからんことを言い出すヤツはいません。たぶん。

しかし、それと同じくらい無茶なことを、当然のような顔をして、あるいは被害者ででもあるかのように主張する世間知らずが実在するのが、研究業界の恐ろしいところ。
「そんなモデルだのミュージシャンだのの低俗な職業とは違い、ボクは大学院で高級な学問を修め、研究者を目指してきたんだ。一緒にするな!」などと真顔で言う御仁もいるかもしれません。いや、かなりいると思います。

ガクモンが高級で特別だなんて勘違いもいいところですが、しかし「博士」という存在は大学院という学校教育制度下で養成されるものであり、そこに莫大な税金が投入されていることは確かです。
そういう意味では、その後の受け皿のことを考えずに大量の博士(および、博士にはなれなかったけど、博士課程まで進学し後戻りのできなくなった人たち)を生み出してしまった文科省の責任は、まあ、問われるべき面もあるでしょう。

しかし、そういう構造的な問題が存在することと、博士課程に進学した人たちそれぞれの“生き方”とは、まったく別の問題なんですよね。
分別ある年齢の大人が自分の意志で(他の可能性や逃げ道を切り捨て)進学したからには、結局それは自身の人生設計の甘さを問われるべきことであって、個々人レヴェルでは売れない芸人同様、「自己責任」の範疇で処理すべき問題でしかない。
そういう人がたくさんいるから問題が顕在化しているだけであり、少数ならばほとんど顧みられることはないでしょう。どんなに少数であれ、あるいは世界に1人だけであれ、本人にとっては等しく深刻な問題ですが、でも、いずれにせよそれは自己責任。
そういう責任を不問に付し、無職博士の数の多さだけを問題にして、「さらに税金を投入して受け皿を作れ」などという荒唐無稽な主張がまかり通るわけがない。
まあ、無駄にプライドの高い当事者のメンタリティとしては、責任転嫁でもしなければやってられない、という面は首肯できますけれども。

ふと、考えてみました。
私は、前記(博士・続)のような「死んでもいい」という気持ちでこの世界に来ました。田舎に一人で暮らす母親が泣いて引き止めるのを振り切り親不孝の汚名を受け、かつ、バイトで学資と生活費を稼ぐ極貧生活を承知のうえで。さらに言えば、商学部出身の自分が異分野の学問に転向してどこまでできるかという展望もまったくないまま。
その時の覚悟は紛れもなく本物だったと思っています(そしてそんな自分に酔っていたことは言うまでもない)。

でも、当時の大学院が今のように深刻な状況で、かつ、ネット等を通してこの世界の厳しさや恐ろしさや理不尽さを容易に知ることができ、そして『大学教授になる方法』や『大学院の歩き方』等の夢いっぱいの本ではなく『高学歴ワーキングプア』のほうを読んでいたとしたら、それでも私はアカポス獲得の椅子取りゲームに参戦していたでしょうか?
40近くになって、いまだ将来の見えない不安定なポストしか得られない未来の自分の境遇を、その時に知ることができていたら、あの悲壮な覚悟を決めた私でも、さすがに躊躇していたのではないでしょうか。
そう考えると、今のこの業界の状況を熟知したうえで大学院に進学してくる若者たちは凄いと思います。きっと、鋼の意志を持っているのでしょう。

ただ、そういう“情熱”は立派ですが、それだけではやっていけないんですよ。
かつての私もそうでしたが、「もの凄く困難なことに立ち向かう自分」というのがカッコよく思えちゃって、頑張ろうって気になるんですが、実はそれは単なる“陶酔”なんですよね。そして、苦難の果てに勝利をつかむ自分の姿なんぞを夢想して突っ走っている時には、自分が敗北者側に回ることなんて、これっぽっちも考えてないんです。例えば、「雨が降っても槍が降っても」という定型句がありますが、そう言いながら、本当に槍が空から降ってくることを想定している人はいないでしょう。それと同様。
論文が査読に通らない、ガクシンに何度も落ちる、公募で一度も面接に呼ばれない、リミットとされる年齢に達する・・・等々、いざ敗北の可能性が現実味を帯びてきた時、それでも心を壊さず耐え忍び、研究を続ける図太さは、“情熱という名の陶酔”の中からは生まれてきません。しかしまた、図太ければいいというものでもなく、そういう研究者としての適性の有無を判断される機会に何度か際会し、敗北を受け入れるべき潮時をちゃんと見極めることのできる冷静さ・潔さも重要です。しかし、それは図太さとはまた異なる精神状態であり、陶酔とは対極に位置するものですから、なかなか難しいかもしれませんね。
ともあれ、そういうことを巧く処置できない人が、“その時”に臨み、周囲をも巻き込んで目も当てられない状況に陥ってしまうのではないでしょうか。
いま目の前にある大量の余剰博士問題を解決することは限りなく不可能に近いと思われます。我々にできることは、たとえ自分がどんな悲惨な結末を迎えたとしても、その責任のすべてを自分で背負い、決して周りに迷惑をかけないようにすること。それくらいです。自戒の念も込めて・・・。

(了)

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2008年3月28日 (金)

博士・続

(承

もっとも、博士になるのが難しかろうが易しかろうが、いずれにせよ、大部分の博士は職にありつけないのが普通なので、授与率を上げたところでほとんど状況は変わらないでしょうけどね。

博士授与率はともかく、大学院生の数がここ10数年で飛躍的に増大したことは事実です。
受け皿もないのにそんなに増やしてどうする云々ということについては、例の『高学歴ワーキングプア』やら、あるいはそれについてのコメントやらで、あちらこちらで似たような議論が繰り返されていますが、そんなの、もう今さらどうしようもない状況であることを改めて自覚させる以外にはあまり意味がないような感じです。それはそうなんだけど、だったらせめて、博士学位くらいは取りやすくしろ、と、そういうことですか?
でも、この先、学位取得が容易になることで救われる可能性がある人が、果たしてどれくらいいるのでしょうか? 少なくとも、人文系で、国内で職を求めている人間に限定すれば、限りなくゼロに近いと思いますが。
だって、客観的に見て「とてもアカポスには就けないだろう」というレヴェルの人でさえ、博士になっているという事例は山ほどあるわけですよ(私がそのレヴェルの上か下かということはさておき)。そして事実、無職博士が続々湧いて出てきている。
それなのに、もっと博士を増やして、つまり博士のレヴェルをさらに下げて、どうなるというのでしょう。

もっとも、「行き場のない無職博士を救えるか」というのは、それはそれで大きな問題かも知れないけど、これはそもそもそういう文脈での提言ではなく、あくまで、「博士課程の数も、それぞれの定員も増やしましたよ。だから、それに見合うだけ学位も出してくれないと、こちらとしても恰好がつかないでしょうが」と、単にそれだけのことなんでしょうね。

無職博士、あるいはワーキングプア博士は、確かに悲惨です。もちろん、任期付きのポストにいる人間はその予備軍なので、私自身の問題にもなりえます。
院生の数を増やすという政策が事実あって、そのせいで“間違って”大学院に来てしまった(=そのおかげで入れた)という人たちが実際にいて、結果、そういう悲惨な状況が出来したということは間違いないでしょう。文科省も大学も、無責任だと言われてもしょうがない面もある。
でも、それは単に大学院に“入りやすくなった”というだけのことであって、別に強制収容させられたわけではないよね。

「先生に勧められたから」
「受けてみたら受かっちゃったので」
「まだ就職したくないし^^;」
「もうしばらく自分探し? みたいな♪」

そんなノリで入院しちゃう人が増えたということでしょう。
でも、そもそもそんな安易な気持ちで大学院に入り、「じゃあ、とりあえず研究者でも目指してみるか」とかフザたことを言ってるヤツらのことなんか、最初からどうでもいいんだよボケが! そういう甘ちゃんは、ここに限らずどの業界にもいる。

本当に研究がしたくてしたくてたまらないと思えば、大学院の定員が多かろうが少なかろうが、研究者になれる可能性が大きかろうが絶望的だろうが、親が賛成しようが泣いて止めようが、金があろうが極貧生活を送ろうが、どんな状況であっても研究者を目指すでしょう。それになれなければ、もう何者にもなれなくていい、死んでもいい、という一世一代の気迫と覚悟と自己責任で。

もちろん、最初から「研究者になる」以外の目的を持って来ている人もいることは知っています。大学院は、なにも研究者養成機関としてのみ存在するわけじゃないんだから。でも、そういう人たちは、無職博士問題でギャーギャー騒いではいないでしょう。

問題なのは、いい歳した大人が自分の意志で大学院に入り、研究者を目指していたのに、いざ、それになれないことを知った途端、その責任を社会や時代や大学や文科省に転嫁して、見苦しく騒いでいるということです。
どれほど厳しい道なのか、そんなことは、ちょっと調べさえすれば、入る前からわかるだろうに。遅くとも、マスターのうちには周りを見ていてイヤでも気付くでしょう。

(さらに続く

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2008年3月 8日 (土)

博士

某 asahi.com にあった記事。すでに消えているので、ログを貼り付けます。

文系の博士号、難しすぎ? 理系の3分の1以下
2007年02月12日09時18分

博士号は文系の方が理系より難しい――。博士課程の修業年限内に学生が博士学位をどれだけ取得できたかを文部科学省が初めて調べたところ、文系の学生の取得率は理系の3分の1以下であることがわかった。博士号については「理高文低」と言われてきたが、それを裏づけた格好だ。文科省は「文系は低すぎる。対策を考えてほしい」と話している。
調査は国公私立すべての大学院576校で、博士課程に在籍する学生を対象にした。05年度時点で、分野ごとに3~5年となっている修業年限内に博士号を取った学生の数を調べた。対象となった学生1万8516人のうち取得者は7912人で、平均取得率は42.7%。分野別では、最も高かったのが医学・歯学などを含む保健の56.3%で、農学53.3%、工学52.8%、理学46.3%が続いた。
これに対し、人文科学が7.1%、社会科学は15.2%と文系の両分野がワースト1、2位を占め、理系の3分の1以下の水準だった。
大学が学生に博士号を与える条件は、「自立した研究ができる能力」があること。理系の各分野ではこうした考えが浸透しているが、文系の分野では約120年前の制度発足以来、「功成り名を遂げた人」に与える意識が根強く、理高文低の一因となっている。
文科省は05年9月の中央教育審議会(文科相の諮問機関)の答申を受け、大学院教育について学問研究とともに人材育成面にも力点を置く方針を打ち出し、その一環で修業年限内の学位授与を促している。同省の担当者は、文系の現状について「ちょっと低すぎる」とし、「どの程度の授与率が適当か、各大学院で考えてほしい」と話している。

・・・ということですが、さてどうでしょう。
人文系7.1%、社会系15.2%だそうですが、あまり実感ありませんね。
私が大学院受験の準備をしていた頃――今から13~14年前になりますか――に見た資料にも、似たような数値が載っていたような気がします。いや、人文はもうちょっと少なくて3%くらいだったかな。
当時は文系、特に人文系で博士学位を博士課程で取る(=課程博士)ということは、ほとんどあり得ないという感覚でしたが、今ではまったく状況が変わってしまい、課程博士は誰でも、とまでは言わないけど、普通に業績を積んでいる人なら、まず取っているという感じじゃないですかね。少なくとも、3→7程度の上昇率とは思えないんですが・・・。
我々くらいの世代は過渡期に当たっていたので、十分な業績を持ちながらも取るタイミングを逃してしまったという人もけっこういますが、上記の調査対象はもっと若い世代でしょう。7.1%なんてことはないと思うんですけどね。
もっとも、上記データは「修業年限内に」取得した人ということで、実際には単位取得退学後一定期間(例えば3年)を課程博士の対象とするところも少なくないので、実際の取得率はもっと上がるはずです。でも、それは社会系も理系も同じか。

とにかく、文系、特に人文系の課程博士取得率は低すぎるから、もっと博士を出せということですか。

でも、はっきり言って、今の人文系博士学位なんて大甘ですよ。
例えば私に博士をくれた某大学某研究科は、私がドクターに入った頃に「課程で学位を出していこう」と、徐々に基準を整備していました。そして、博論執筆のための条件として、査読論文3本というのが設定されたんですが、正直、「え、そんなんで書いちゃってもいいの?」という感じでした。だって、査読3本なんて、普通に研究していればすぐに書けるでしょう。
確かに人文系は、社会系や理系に比べたら査読の重みはそれほどでもないような雰囲気があり、必ずしもみんなが目の色変えて査読査読と騒いでいるわけではない。紀要とか報告書とか商業誌とか、あるいは論文集的な単行書への寄稿とか、査読がないからといってグレードが下がるという認識は比較的少ないような気がします。論文の内容や方向性によっては、査読向きのものとそうでないものとがあるし。
でも、それはそうなんだけど、少なくとも「査読3本ないと博論は書けないよ」と言われたら、とりあえずは査読論文を書くでしょう。普通は。で、そういうつもりで研究していれば、3本なんてすぐに書けると思うんですけどねぇ。
私は、マスターの時にはまだ論文を書いていなかったので、スタートは遅かったんですが、D1の時に論文を3本書きました。1本目は、デビュー論文なのになぜか商業誌だったので、これは査読じゃないんですが、それ以降は「とりあえず、査読論文を稼ごう」という方向へシフトして行ったので、D2の時には査読が4本になっていました。別に、速いペースじゃないよね。もっと書いてる人も何人かいましたが、でも、まだみんな博論を書き始めてるという話を聞かない。「そうだよねー。査読3本程度で博論なんて、そんなに甘いわけないよねー」と、勝手に博論というものを神聖視していた面もあったかもしれません。
ところが、ここ数年で状況が激変し、査読3本書いたらすぐに博論執筆というパターンも出てきました。それどころか、なかなかその3本が書けない人のために、基準を下げようなどという動きも出てきて、近い将来、査読1本で博論などということになりそうな勢いです。一方で、院生紀要に査読制が導入されたことを考え併せるに、下手すると「修論を紀要に載せたら即博論執筆」などというお手軽な博論が増産され、博士学位が研究の“スタートライン”になってしまうのではないかと危惧されます。

それなのに、人文系は少なすぎる、と?

続く

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2007年4月 5日 (木)

旧記 357

さて、新年度。
今年は、出身の某大学含めて3大学で非常勤。まだ専任職には有り付けません。

大学非常勤のみで(あるいは、これを主として)生活するということは、収入面その他でかなり厳しい状況を強いられるわけで、専任教員と比べたら天と地ほどの差があります。そんなことは、この業界の人にとっては言うまでもないことで、特に専任職を得るのがとてつもなく難しい分野にあっては、非常勤生活から脱却し専任になるということは、驚天動地の大事件と言っても差し支えないほどの出来事なのです。

ところが、異業種の人はそう思わない傾向が強いようで、そのあたりの認識の相違に愕然とすることも。
まず、“大学の先生”という認識が先行し、専任か非常勤かという点は小さな違いでしかない、という感じの扱いをされることが時々あります。収入も研究環境も社会保障も段違いで、かつ、非常勤先でそのまま専任になれるというケースはほとんどないのに、「ほう、某大学の先生ですか。すごいですね」的なことを言われた日には、もう恥ずかしくて消え入りそうな勢いです。
実際のところ、フリーターですからね。「フリーターのようなもの」ではなく、語の正しい意味でフリーター。非常勤だけで生活している人を「専業非常勤講師」と言いますが、時に「“賤業”非常勤講師」と言われる所以です。
こうした状況は、Wikipediaの
専業非常勤講師の項目で的確に説明されています。ご承知のように、Wikipediaは誰でも自由に編集できるサイトで、その記述内容は流動的ですから、以下に現時点での取得データを貼っておきます(省略と下線は f による)。

専業非常勤講師
専業非常勤講師(せんぎょうひじょうきんこうし)とは、大学の非常勤講師のみで生計を立てている人物のことである。
目次
(中略)

解説
大学の教員には、正規に大学に雇用されている教員の他、別の職業に就いている人物や他の大学を本務校とする人物など、多様な雇用形態が存在している。正規に大学に雇用されていない教員を「非常勤講師」と呼ぶ。「非常勤講師」の中には別のどこかで正規雇用されている人物も多いが、中には「非常勤講師」の収入だけで生計を立てている人物も存在する。これが「専業非常勤講師」である。
問題
本来、非常勤講師とは大学外の人材の講義を実現する為のある種の非常手段と位置づけられており、「非常勤講師」のみで生計を立てるという事態は想定されていない制度であった。非常勤講師が想定するのは、大学院在籍者や大学院終了直後の若い研究者に教育経験を積ませるとか、研究者ではない人物の経験談を「講義」として学生に聞かせる、あるいは他大学の優秀な研究者の講義を自校の学生にも経験させるなどの状況である。また、従来は非常勤講師を数コマ経験すればどこかの正規雇用ポストが回ってくるというのが日本の研究者の世界であった。
ところが大学院の無軌道な拡充による大学院生の激増と、彼らを研究職以外の雇用に就かせる制度の不在の結果、いつまで経っても正規雇用ポストにありつけない研究者がまとまった数で出現してしまったのである。彼らのうちの一部は研究職に拘り続け、非常勤講師をいくつも掛け持ちしてそれだけで生計を立てようと試みた。こうして出現したのが「専業非常勤講師」であった。
問題は、現在の状況ではどんな優秀な研究者であっても、余程のコネか強運が無い限り、大学院を修了して即専任ポストに就くことは困難であるという点である。こうした状況下では殆どの研究者が多かれ少なかれ非常勤講師を含むアルバイトで数年間を過ごすことになる。また、大学経営も人件費が格段に安い非常勤講師の存在を前提にして成り立っており、非常勤講師という制度を廃止することは難しい。
しかし、近年ではよほど優秀な研究者であってもなかなか専任教員となれない一方、かつては大した業績が無くとも専任教員となれる時代が存在した為、「研究業績の点で専業非常勤講師に見劣りする専任教員」も珍しく無いような事態となっている。
この問題とは異なるが、大学における助手ポストに関しても、任期制が導入され安定した環境で若手研究者が研究に専念できる場は近年狭くなっている。
(後略)


また、本項には書かれていませんが、似たような立場として「オーバードクター」と「ポスドク」があります。
前者は文字通り余剰博士ということで、博士課程修了(あるいは単位取得退学)後も専任の研究職に就けない人全般を指します。後者「ポスドク」は、即ち「Postdoctor=博士課程修了者」ですが、多くの場合「Postdoctoral Fellow=博士研究員」を指します。博士後の任期付き研究員ですね。
理系の諸分野ではこういうポストが多く、専任職を得るまでの間にいくつものポスドクを渡り歩くというケースが一般的だそうで、そのため、オーバードクターとポスドクとが、ほぼ同義となっているようです。
ところが、文系、特に人文系にはポスドク職はほとんどありません。ほぼ唯一のポスドクが、私も昨年3月までやっていた日本学術振興会特別研究員です。最近では、COEのポスドク(研究員・研究助手等、呼称は色々)なんてものもありますが、どちらも、博士課程修了者の受入先としてはポストの絶対数が足りません。また、これらのポスドクを終えてすぐに専任職に就けるという保証はありませんから、その後も研究を続けるなら、非常勤講師で食いつなぐというのが一般的なパターンでしょうか。もちろん、非研究職に就きながら研究を続けるという道もあります。

さて、こうした境遇から脱却し、晴れて専任の研究職に就くためには、たいていの場合、公募で選ばれなければなりません(もちろん、一本釣りで引き抜かれるような場合もありますが、レアケースですので書きません)。
公募・・・と言っても、大学生の一般企業への就職活動のように、希望するところに自由に応募できるわけではなく、自分の研究領域と合致するポストが空き、かつ、それが公募となるのを待たなければなりません(公募せずに後任を決めたり、あるいはそのポストが廃止されることもあります)。厳密に自分の専門に合致する公募なんて、せいぜい年に2~3件くらいしか出ませんから、若干のズレには目をつぶり、ダメモトで隣接分野の公募にも出すことになります。それでも、年に10件も出せませんけどね。そして、それぞれの公募が何十倍~百数十倍の倍率だったり、場合によっては見せかけの公募だったりすることもあるようで、これを勝ち抜くのは容易ではありません。
D3以降の数年間、相当数の公募に出しましたが、ほとんどが書類審査で落とされてます。面接に残ったのが2回、面接には呼ばれなかったけど最後の数人に残っていたことが後で判ったというケースが2回。
業績は・・・まあ、あるほうだと言われますし、また、約10倍の競争率である学振研究員は2勝1敗の勝率ですが、それでもこの程度の戦績です。やれやれ、先は長そうだな・・・。

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